MV AGUSTA JAPAN

Company Information

COMPANY INFORMATION 

はじめにユーザーの満足ありき
Customer’s satisfaction first.

MV AGUSTA MOTORCYCLES S.p.A.のClaudio Castiglioni社長が抱くポリシーの実践を主眼におき、単に販売台数を増やすのではなく、お客様との密接なコミュニケーションを図りながら、お客様に喜んでいただける商品を提供していきます。
また、お客様の信頼感・安心感を第一に考え、主なスペアパーツは自社内でストック。迅速なパーツ供給体制を確立することで、アフターサービスのさらなる向上を目指しています。

COMPANY INFORMATON

MV AGUSTA JAPAN 

社名:株式会社 MV AGUSTA JAPAN
所在地:〒437-1114 静岡県袋井市西同笠387番地

営業種目:モーターサイクル及びモーターサイクル部品の販売、輸出入業
設立年月日:1997年12月19日

関連会社
MV AGUSTA Motor S.p.A.(イタリア)

http://www.mvagusta.it/



HERITAGE & HISTORY 

神話とも言える、MV AGUSTAの輝かしい伝説と偉業の数々

THE IDEA AND THE REGEND ~神話の彼方から~

私の良き友人であり、パートナーでもあるマッシモ・タンブリーニと私はいつも会う度に「世界最高のパフォーマンス」を持つマシンを作りたいと語り合っていました。そのイメージを具現化することは、複雑であり、困難を極め、我々は日々に追われる仕事の中で、その計画をいつも一時的に棚上げせざるを得ませんでした。

そんな中、二人の討論はいつしかある一致点を見い出しました。それは、「大排気量、4シリンダー」のエンジンを搭載すること、でした。その新しいエンジンのイメージは、開発の長い経験の中から確かなクオリティと高い技術力の中から生まれてくるはずだと、私の頭の中で何度も何度もよぎるのでした。


そして、イメージは徐々に具体化しつつありました。夢を実現に向けて多大な協力と助言をしてくれた数多くの人々。そんな中でも特にピエロ・フェラーリ氏のことを忘れることはできません。彼が我々にさしのべてくれたものは何物にもかえがたくプロジェクト実現の大きな原動力になったのです。

具現化へ向けて確かな手応えを感じ始めた私は次なるステップを踏み出しました。まず世界中のモーターサイクルの中でも、最も輝かしい歴史を誇る、栄光の「MV AGUSTA」のブランドをカジバで購入しました。世界中のサーキットでの勝利は数えきれない程の熱狂的なファンを生みだし、現在に至るまで、何者もそれに匹敵するほどの大事業を成し遂げていません。

75回の世界チャンピオン、270回のワールドグランプリでの勝利を飾り3,027回の勝ち星をあげている「MV AGUSTA」は今や輝かしい伝説、いや、神話へと昇華しているのです。私は続いて最も苦しい決断をしなければなりませんでした。それはプロジェクト実現のために、テクノロジーで最も難しく、スポーツ面で最も重要なワールドグランプリの500ccクラスへの参戦をあきらめることでした。

これは当然の事ながら、我々の最高の人材と、超高度なテクノロジーの結集をこのプロジェクトに捧げる断固とした決意に基づいた決断でした。しかしその結果、このプロジェクトはそれに関与する者だけにとどまらず「MV  AGUSTA」の名を耳にしただけで興奮し、もう一度頂点に引き上げたいと願っていた者全てを熱中させました。

プロジェクトはF4と言うマシン名を与えられ、カジバのヴァレーゼの研究部門にはF4のエンジン企画と開発が委ねられ、マッシモ・タンブリーニが指揮を執るカジバリサーチセンター(CRC)には、バイクのスタイリングと他の全てのコンポーネントの開発が一任されました。

独特の高級感あふれる外観と、その洗練されたメカニカルな美しさによって必ずや話題にのぼるであろうF4はこの最高の開発・協力体制から誕生したのです。例えば、4輪のF1からダイレクトにインスピレーションを受けて選択した「Radial」バルブタイミングシステムと、特別な移動可能のギヤボックスは完全に革新的で、レースに構想を得たエンジンを実現しようという意志の表明なのです。

全ての「MV AGUSTA」ファンの期待に応えるレベルの製品を創り上げる、というゴールに向かって指針となったのが、
技術のクオリティ、スポーツマンシップ、そして競争力ある革新的なデザインでした。ハードでしたが、しかし情熱を込めた仕事のおかげで、設定していたゴールに到達することができました。全てのファンの記憶の中に大切にしまっておいたブランドが新しく生まれ変わります。

カジバはF4とともに「MV AGUSTA」神話に新しい生命を吹き込んだのです。

Claudio Castiglioni
クラウディオ カステリオーニ

THE MAKING~新たなる頂点へ~

私と、私が率います「カジバリサーチセンター(Centro Ricerche Cagiva=CRC)」はこの世紀のプロジェクトのオペレーションを任されるという光栄に浴しました。これは、モーターサイクル開発者として単なるスポーツ用マシンの開発を遥かに超越した非常に意味深い作業でした。

「MV AGUSTA」ブランドを再生するF4。このアイデアは私にとってすぐに特別の意味合いを持つものになりました。なぜならば、私が開発者として最初に関わったマシンこそ赤と銀のツートンに彩られたマシン、いうまでもなく「MV AGUSTA」だったのです。

今日、弊社社長クラウディオ・カステリオーニとアイデアを共にした新しいエンジンのプロジェクトに着手し、それを世に送出すことに関与できたことは、仕事面に限らず、「MV AGUSTA」の原点でもある世界の頂点への情熱を感じているという面からも非常に満足しております。

CRCの同僚と共に、このプロジェクトに取り入れた数々のコンセプトはまず何よりも、最大限の努力をし、驚くほど没頭して、それぞれの能力を最大限注入した人間たちの作品です。CRCのチームワークと、各部署に浸透している最高の仕事を成し遂げたいという闘志によって比類無きマシンを生み出す事に成功したのです。また、さらに言えばCRCの置かれた、開発に専念できる特別な環境と立地条件がこのプロジェクトに有益に作用したのは間違いありません。

F4は、その無限ともいえるテクニカルコンテンツ、採用したテクノロジー、到達したグローバルなクオリティ、完璧に個性的なデザインによって完全に他を圧して優越性を誇るマシンであると、確信しております。特に外観のデザインでも、研究当初に予定していた「機能に沿った外観」という基準を満たし、なおかつ機能を超えた美しさを醸し出すことができたと自負しております。

この大事業を行うにあたり、私と共に作業にあたったCRCの同僚の皆さん、そしてこの製品が実現するチャンスを与えてくれた、弊社社長クラウディオ・カステリオーニに改めて感謝の意を表したいと思います。そして、このハイパフォーマンスの稀少価値のあるマシンの、全ての独特な特徴を自分の目で発見できる幸運なファンの方々には必ず満足していただけるのではないでしょうか。

Massimo Tamburini
Centro Ricerche Cagiva
マッシモ・タンブリーニ
カジバリサーチセンター

MV AGUSTA THE HISTORY

THE HISTORY#1 | MV AGUSTAの創成

航空産業からモーターサイクル製造へ 

航空機製造AGUSTA社は1907年ジョバンニ・アグスタによってロンバルディア州カッシーナコスタに設立され、発展途上であったイタリア航空産業界の第一人者として活躍、第一次世界大戦時に急成長を遂げた。

その後ジョバンニ・アグスタは1927年に他界。同社は妻ジョセフィーナ・アグスタとその息子ドメニコ・アグスタに引き継がれ、第二次世界大戦の軍事特需により更なる成長を遂げる。

1945年第二次世界大戦が終結、敗戦国となったイタリアは航空機の生産を禁止される。機動性に優れたイタリア国民の生活の足として、モペットから発展したモーターサイクルの製造がこれからの産業の主力となる事を以前から確信していたドメニコ・アグスタは、新しいモーターサイクル製造を本格的に開始するためMeccanica(工業)、Verghera(地名)の頭文字とAgusta(姓)を用いたMV AGUSTA社を同年に設立。その後語り継がれる、飽くなき勝利への挑戦と輝かしい伝説の1ページを刻む事になる。

その最初のモデルは、98cc 2ストロークエンジン3ポートタイミングシステム2速トランスミッション、湿式クラッチを搭載したMV98であった。


THE HISTORY#2| MV AGUSTA 誕生

1945 

MV AGUSTAによる最初のモーターサイクルは1945年の秋に産声を上げた。当初「Vespa98」と呼ばれていたが、すでに他社によって名前が登録されていたこともあり、モデル名は「98」となった。経済的なツーリングモデルとして翌年には本格的な販売が開始された。

1946

販売開始と同時に耐久レース参戦を始めたMV AGUSTAであったが、勝利を収めるのに、さほど長い時間を必要としなかった。参戦開始のその年にヴィンチェンツォ・ネンチオーニによってラ・スペツィアで初勝利をあげる。11月3日のモンツァでは早くも表彰台の1,2,3位をMV AGUSTAのライダーが独占(ヴィンチェンツォ・ネンチオーニ、マリオ・コルナレア、マリオ・パレアーリ)。
早々に勝利を収めたMV AGUSTAは「98“Sport”」の生産を開始。前モデルからの変更点はテレスコピックフォークの採用、メインフレームを5cmショート化しスポーツ性を向上。エンジン出力は5HPまで上げられた。

1947
レースでの好成績によって躍進するMV AGUSTAは1947年、ミラノショーにて「98”Luxury”」に加え、125cc2ストローク2気筒モデル、250cc4ストローク単気筒モデルを発表。

1948

イタリアスピードチャンピオンシップにおいて125ccを投入。勝利する為に3速トランスミッションモデルを開発した。

1949

「98」「125」シリーズは「125”TEL”」にモデル統合。そして「125」タイプ”B”のスクーターを発表。MV AGUSTAは発足して間もなく、国内の競合メーカーと肩を並べる程の知名度とシェアを獲得することになる。


THE HISTORY#3 | 50年代の隆盛

50年代初頭になり戦時中に中断されていたレースも再開。サーキットでのMV AGUSTAは、革新的な性能と開発技術により既に名声を得ていた。量産モデルにおいても、その用途の広さや優れたコストパフォーマンスの高さは市場から歓迎され、シェアを拡大していく。125㏄レーサーからフィードバックを受けたスポーツモデル”Motore Lungo”は誰もが知る人気モデルとして、その生産に追われていた。1953年には、125ccモデル”PULLMAN”の好調な売れ行きも手伝い、生産台数20,000台を達成。輸出モデル用の生産工場をスペインに新たに設立する。


この頃イタリアモーターサイクル同盟は、量産モデル(マスプロダクションモデル)によるレースを新設する。勝利の為に開発された”SOHCエンジン”はカッシーナ・コスタで産声をあげ、後のMV AGUSTAの伝説の礎となる。1954年、”175 CSS”を発売。フューエルタンクがまるで“空飛ぶ円盤”のような形状が特徴で、”THE FLYING SAUCER”ディスコ・ボランテのニックネームで親しまれる。デザインもさることながら、そのカテゴリーにおいてのトップクラスの性能を発揮したことも、当然人気を集めた要因である。

50年代後半になると、市場には活気が溢れる反面、各メーカーはレース部門を含む研究開発費を縮小していく。しかし、MV AGUSTAはさらなる技術開発と生産効率を上げるため、生産ライセンスを保持していたベルヘリコプターを買収。この時代に早くも2stフューエルインジェクション、4st 6気筒500ccエンジンなどの研究開発を可能としていた。さらにレースでのセットアップデータを量産モデルに反映するのは当然という、顧客満足度を高めることにも余念がなかったMV AGUSTAは、数ある2輪メーカーの中で際立つ存在となっていった。

1956年には商品評価コード”83”(経済的かつ快適にタンデム出来る性能を持つ)を取得。1959年、MV AGUSTAの類まれなる性能と信頼性は100,000kmの走行保証を付けるまでになり、”ハンドレッド・サウザンド”と呼ばれ、多くのカスタマーが虜になっていった。


THE HISTORY#4 | 1960-1980 part1

60年代に入ると経済的、実用的であることに心血を注ぐも、モーターサイクル市場の勢いは失速していく。MV AGUSTAはこの時代の変化を先読みしていたかのように、モーターサイクルエンスージアストを惹き付ける、新モデルを市場に送り出す。中でも歴史に名を残すことになった4気筒 600ccは、かつてマイク・ヘイルウッドが駆った500cc GPレーサーのエンジンをベースにし、最終的に220km/hを記録した750 S Americaへと進化するほど高性能であった。

それと同時期に125″Disco”を発表(“Disco”はロータリーディスクバルブ2ストロークエンジンから由来する)。 そして60年代後半は3気筒、4気筒の350ccと500ccを投入。当時グランプリに参入してきた日本メーカー勢の2ストロークマシンに対抗するべく開発された。当時世界初となる3気筒と4気筒の4ストロークマシンは、1967年から1973年の間、MV AGUSTAを代表するライダー、”ジャコモ・アゴスティーニ”によって幾度と無く勝利を収め、最終的にMV AGUSTAは通算3,027回の優勝と37個のGPタイトルを獲得することになる。


THE HISTORY#5 | 1960-1980 part2

70年代初頭、総帥ドメニコ・アグスタ亡き後、MV AGUSTA社は経済的な困難に直面する。社内にはレース活動の存続を主張するグループと、レースへの投資を損失補填にあてる事を求めるグループが議論の末、「レース活動の縮小と、生産するモデルを限定し、健全な経営体制に努めること」という結論に達し、ようやく社内の意見は一つにまとまり、立て直しへと向かっていく。この結果モデルラインナップは、350ccは”スクランブラー” ”GTEL” ”SEL”の3車種。750ccは”SPORTS” “グランツーリズモ”のみとなる。

一方レースの舞台では、ヤマハ(ヤーノ・サーリネン)とスズキ(バリー・シーン)2社の日本製2ストロークマシンの攻勢でWGPの熾烈な争いは激化する。MV AGUSTAはチームの再建をはかり、当時エースライダーであったフィル・リードを擁し、1975年は辛くも2勝を挙げる。1976年8月29日ニュルブルクリンクではジャコモ・アゴスティーニがヤマハから期限付きでカムバックし500ccでエントリー。このニュルブルクリンクでの勝利を最後に、翌1977年イギリスグランプリで長いレース活動に終止符を打つ。前人未踏の通算3,027勝。WGPでは270勝を数え、37回のワールドタイトルを獲得。フューエルタンク上面、37のマークはその伝説的偉業と名誉を讃えた物である。


THE HISTORY#6 | 1960-1980 part3

MV AGUSTA経営陣は不安定な財政を立て直すべく、新たなパートナーを必要としていた。ようやく現れたEFIM(製造業金融持株公社)という巨大な公的金融機関。しかし、融資の条件としてMV AGUSTAはモーターサイクル事業の撤退を突きつけられた。

この厳しく難しい決定により、1977年にミラノMotorcycle Trade Fairに出展されることになっていた、新世代ツインカム16バルブエンジン(750と850cc)の開発を断念せざるを得なかった。フェア会場内にMV AGUSTAはスタンドを確保していたが、待ち望む多くのファンの前に現れることはなかった。

モーターサイクルの販売は1980年まで続けられ、カッシーナコスタの倉庫にある最後の一台まで世に送り出された。MV AGUSTAの名が業界紙のニュースに再び戻ったのは、伝説的なレーサー、エンジン、プロトタイプ車輌の販売広告を1986年7月に発表したときだった。


THE HISTORY#7 | From CASCINA COSTA To SCHIRANNA part1

”カッシーナ・コスタからスキランナへ” 

MV AGUSTA生産終了の衝撃は、瞬く間に広がりイタリア中が騒然となる。著名なジャーナリスト達はこぞってイタリアの誇る文化的財産を守るべく政府に救済を求める。しかしこの世界最高峰の技術と無敵を誇ったレーシングマシンの歴史を持ってしても、関係省庁の興味を引くには不十分であった。最終的に全ての車輌とパーツは、アメリカ系イタリア人-ロベルト・イアヌッチによって15億リラ(およそ75万ユーロ)で買収される。こうして論争と偉大な歴史に対する郷愁のなか、カッシーナ・コスタでのMV AGUSTAの活動は幕を閉じる事となる

1992年の春、誰もが予想だにしなかったカジバモータースの突然の発表が、MV AGUSTAの名を再びニュースにした。当時所有権を持っていたイアヌッチと、MV AGUSTAに興味を持つ経済界や工業界との長い交渉の末、カステリオーニグループがMV AGUSTAの商標を取得するという公式発表があったのだ。


THE HISTORY#8 | From CASCINA COSTA To SCHIRANNA part2

’’MV AGUSTA 復活へ’’ 

MV AGUSTA 復活のニュースは全世界に瞬く間に広がり、モーターサイクルエンスージアストだけでなく、その伝説を知る人々の間をも駆け抜けた。当時イタリア国内において、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けるCAGIVA S.p.Aによる記念すべき商標の購入。MV AGUSTAの明るい未来が約束されたと言っても過言ではない。クラウディオ・カステリオーニ率いるCAGIVA S.p.Aであれば、この歴史的な復活劇を何の不安もなく、ただその日を心待ちにしているだけで良かったのである。

辣腕を振るう実業家であり、モーターサイクルエンスージアストでもあるカステリオーニはAeromacchi AMFを買収しCAGIVA S.p.Aを起業。その数年後に当時経営不振で政府管理下にあったDUCATIを買収。資金的な困窮を解消し、経営を立て直したことでその手腕は証明されていた。最終的にスウェーデンの国営企業であるHusqvarnaを買収し、生産拠点をスウェーデンからスキランナへ移す。こうして瞬く間に多数のブランドを所有するヨーロッパ最大のモーターサイクルコンストラクターに成長を遂げる。MV AGUSTA復活の舞台は整ったのだ。


THE HISTORY#9 |マッシモ・タンブリーニとCRC

カジバのエンジニアたちは、MV AGUSTAを白紙の状態から立ち上げることに全力で取り組んでいた。栄光ある伝説を忠実に再現する為に、並列3気筒か4気筒エンジンを搭載することを開発の軸としていた。しかし欧州車では全く主流ではないこのアプローチは、クラウディオ・カステリオーニに新たに純イタリアンメイドの高回転型・高出力のMV AGUSTA製オリジナル並列エンジンを創り上げる決意をさせた。

自らの手で創り上げることを決め、フェラーリによって開発が進められていた”F4”プロジェクトをMV AGUSTAの技術者やエンジニアは、今日まで改良を重ね、フェラーリのマルチシリンダーエンジンからラジアルバルブ、カジバGPレーサーからカセットミッションを引き継ぎ、MV AGUSTAの伝説を具現化する革新に満ちたエンジンを創り上げた。

新エンジンの量産化は同時にデザインアプローチの始まりでもあった。美的観点のみならず、走行フィールにまで及ぶ重要なデザインを担うのは巨匠マッシモ・タンブリーニが率いるCRC(カジバ・リサーチ・センター)が担当。タンブリーニはbimota(Bianchi、Morri、Tamburiniが立ち上げた)の創始者の一人で、多くの時間をモーターサイクルデザインに費やし、幾多の経験を持つ。4気筒エンジンを搭載する車体創りにも長けていたのは言うまでもない。


THE HISTORY#10 |F4の始まり

1997年9月15日ミラノショー・プレスローンチ前夜、そのプロトタイプはやっと完成した。名門「MV AGUSTA」を復活させるクラウディオ・カステリオーニ率いるCAGIVA S.p.Aは、寄せられる大きな期待と「MV AGUSTA」ブランドの重圧を前に、ついに世界各国のモーターサイクルジャーナリストを集め発表する事となる。

MV AGUSTAで13回の世界タイトルを獲得した伝説のライダー、ジャコモ・アゴスティーニがアンベール。全員が固唾を呑む中現れたNEW MV AGUSTA 「F4」は誰も想像出来なかった美しいボディを伝統の真紅と銀に塗り分け、後にオルガンパイプと称されるシート下に揃えられた4本マフラーなど、その素晴しさは見た者の心を瞬時に捕え、のちに怒涛のような歓声と拍手が会場に渦巻いた。こうして「F4」はその日のうちに世界中のモーターサイクルエンスージアジストによみがえったNEW MV AGUSTAとして知れ渡る事となった。


いよいよMV AGUSTA「F4」の生産を開始することになったCAGIVA S.p.Aは2台の異なるバージョンを用意。1999年300台限定発売された「セリエ・オロ」(ゴールドシリーズ)。ドライカーボンで構成されたフェアリング類、マグネシウムを採用したアンダーブラケット、スイングアーム、スイングアームピボット、前後ホイール、世界一の技術と歴史を誇るイタリア砂型鋳造のクランクケースなど、考えうる最新、最高のマテリアルを採用。販売開始と同時に世界各国のセレブリティのガレージに収まっていった。2000年からは「F4 S」がF4シリーズのスタンダードモデルとして発売された。

MV AGUSTA「F4」はモーターサイクルデザインの巨匠マッシモ・タンブリーニ自身の理想を、長年想い憧れていた至高のブランドMV AGUSTAで具現化したものであり、それはまさにモーターサイクルエンスージアジストの欲求と理想であった。発表から10年以上経った現在においても尚、世界一美しいと賞賛されるMV AGUSTA 「F4」の始まりの日であった。

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